- Media Marker がサーバ増強のため移転するとのこと。ときどき重くなってたから、増強してくれるのはユーザとしてうれしい限り。で、ふと思ったんだけど、ベッタリと依存してしまうサービスは個人専用のものがあった方が良いんじゃないか? posted at 12:33:45
- ソーシャルな部分が実装しづらくなるけど、そこだけを切り出してしまうことも可能だろう。 posted at 12:35:42
- 蔵書データそのものは個人のサーバ(サービス)に保持しておけば良くて、単一のサービスプロバイダーに集中管理する必要はない。ブログと同じだよな。 posted at 12:37:44
- サービスプロバイダーとしてはユーザを囲い込んだ方が良いのだろうけど、ユーザの規模にあわせてサービスをスケールアップしていくのは大変だろう。コストだとか、いろいろ。 posted at 12:39:22
- Google みたいにコンピューティングパワーをどんどん増強していけるプロバイダーでないと、人気が出るサービスを運営しつづけることって難しいのかも。 posted at 12:43:01
- 有料サービスならやっていけるのかねえ。けど、有料と無料じゃ、初期ユーザの食いつきが全然違うだろうし。だから、無料と有料のコースを設けるサービスが多いのか。 posted at 12:46:54
- でも、無料ユーザにくらべて比較的少数の有料ユーザからの収益で全体を賄うのって難しそうだよねえ。 posted at 12:48:04
- やはり、基本的なデータは個人が自分で保持しつつ(当然、その分のコストも自己負担)、ソーシャルな部分だけ外部のサービスを使うっていうようになるべき。そうすればサービスプロバイダーの負担が減る。 posted at 12:49:38
- Google が描く、ネットワークコンピューティングな世界って、そういう意味ではあまり歓迎したくないビジョンなのかもなあ。Google のような規模を持たない組織が参入しづらくなるんじゃないか? posted at 12:52:54
- 話をもとにもどして。結局、個人のデータって、その本人が一番、頻繁に利用するんだよ。それもリアルタイムに。登録に時間がかかるとか、閲覧に時間がかかるとかってなると、とたんに利便性が低下する。 posted at 12:58:38
- けど、ソーシャルな部分になれば、それほど頻繁にも使われないし、リアルタイムでなくたって構わない。 posted at 13:00:07
- ああ、そうか。「ソーシャル」にも段階があるのか。家族や友人のように近いものと、赤の他人のように遠いもの。近いほど頻度もリアルタイム性に対する要求も厳しくなる。 posted at 13:01:21
- 個人のデータをどこに保持するかだなあ。Google ぐらいの規模になれば、みんなでそこに預けるっていうのでも良いけど。でも、やっぱり、Google であっても、いつなくなるかもわからない不安は残るよねえ。 posted at 13:03:43
- やっぱりデバイスに入れておくのかなあ。なくしたらどうするんだよ、っていう不安はあるけど、それは財布とかそういうものでも同じだろうし。 posted at 13:05:53
- ってか、デジタルネイティブな世代って、ケータイがそんなモノになっているのかな。アドレス悵とか写真とか。 posted at 13:07:39
- あとはデバイス同士でのソーシャルな連携をどうするかだな。携帯ゲーム機なんかの「すれちがい」みたいなもんか。 posted at 13:09:13
- たとえば、iPhone や iPod なんかに入っている音楽の情報を自動的に送り合うとか。もちろん、公開するしないの設定はデバイス側でできるとして。iTune の genius をデバイスが勝手にやるようなもの。 posted at 13:12:22
- なんでもかんでもネットに上げてサーバ上でやらなくったって良いと思うんだよ。 posted at 13:14:22
2010-02-12
twitter より (2010-02-11)
2010-02-09
twitter より (2010-02-08)
- Kindle にしたってマニアックなガジェットであることは否めない。 posted at 09:48:34
- 少し長い目で見たら、電子書籍(というか出版という行為)が web に取り込まれるだろうね。というか、ユーザ(読者)としては取り込まれてほしい。ただ、2〜3年でどうにかなるもんでもないと思う。 posted at 09:53:34
- iPad は(Kindle も)未来のデバイスというより、今できるモノなんだよ。だから、あんまりワクワクしないんだろうな。その点は iPod とは違う。 posted at 09:56:18
- むしろ、過去にあるべきはずだったモノかな > iPad posted at 09:58:13
- 20年前とはいわない、10年前にあれば、相当ワクワクしただろう。今、ノート型のパソコン(とくに持ち運びを前提としているサイズのもの)が占めている位置に本来あるべきだった形のモノだよ。 posted at 10:02:07
- むろん、技術的にいろいろと困難だっただろうし、タッチパネルによる操作は受け入れらなかっただろう。iPad が作られるためは、前提として iPhone (iPod touch) の普及があるんだよ。Jobs もそんなことを key note で言っていた。 posted at 10:04:56
- 小さく、手の中に収まるようなデバイスにマウスを付けようなんて誰も思わない。ユーザも要求しない。→ iPhone のユーザはタッチパネルの操作を受け入れた。マルチタッチなインターフェイスにも慣れた。→ (つづく) posted at 10:12:13
- (つづき) → 同じ操作性の大き目のデバイスを作る。→ iPhone と同じだよ、って発表する。→ みんな、どんな操作性なのか、よくわかる。iPhone ユーザならなおさら。(← いまここ) posted at 10:15:14
2010-02-03
iPhone OS 3.1.3 アップデート
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| 送信者 iPhoneもプログラムする |
このスクショでも十分に読めるけど、アップデートの内容を以下に書き抜いておく。
- iPhone 3GS のバッテリーレベル表示の正確性が向上
- 他社製アプリケーションが起動しない場合がある問題を修正
- 日本語かなキーボード使用時にアプリケーションがクラッシュする原因となり得る問題を修正
更新してくれるのはユーザとしてはウレシイけど、いまひとつパッとしないアップデートだな。 と思ってたら、メインはセキュリティアップデートの方らしい。
関連リンク
- アップル、「iPhone」「iPod touch」のOSを更新--脆弱性に対処 (CNET Japan)
- About the security content of iPhone OS 3.1.3 and iPhone OS 3.1.3 for iPod touch (Apple/Support)
2010-01-29
twitter より (2010-01-28)
- iPad 。今、keynote を見終わった。→ http://bit.ly/d7VBgI posted at 13:57:18
- あんまり、ビックリはなかったかな。外観も、前から噂されていたものと変わんないし。 posted at 13:58:08
- 印象としては、iPhone、iPod touch の親玉か。アプリもそのまま動くらしいし。 posted at 13:58:57
- SDK は iPhone と共通のようだ。iPhone の Dev Program に入っていれば、iPad 対応の新しい SDK がダウンロードできる。ただ今、ダウンロード中 (SDK 3.2 with xcode 3.2.2)。 posted at 14:02:13
- 日本の Apple のサイトにはまだ iPad の情報あ上がっていないね。翻訳が間に合っていないってことか(・д・)? posted at 14:04:16
- マルチタッチな iWork のデモとかを見ていて、次はマルチタッチスクリーンをベースにした MacBook が欲しいなとか思ったり。 posted at 14:08:17
- iPad こそ、アラン・ケイの夢見たダイナブックなのかもね。 posted at 14:09:48
- なんというか、マウスとかタッチパッドが、ひどく古めかしいものに見えてしまう。 posted at 14:11:21
- もちろん、今の技術的な背景があってこそ、作れるモノなんだろうけど。10年前、20年前には夢見ることしかできなかったんだろう。 posted at 14:12:04
- キーボードつき Dock には笑ってしまった。方向性が違うだろう、って。Keynoteのビデオで紹介されたときはジョークなのかと思ったよ。 posted at 14:13:33
- 9.7 inch っていわれてもピンとこないんだけど、ほぼ 24cm x 19cm なので、オライリーなんかの大型本のサイズだと思えば良い。 posted at 14:18:01
- 重さは Wi-Fi モデルで約700g。オライリー本で近い重さのものを探すと……「プログラミングGauche」が約1kg。ちょっと思い。「プログラミングRuby」で約800g。もう少し軽いのか。 posted at 14:23:08
- 「実践デバッグ技法」で約600gだから、これよりは少し重いのかな。ちなみに、この「実践…」は厚さが約17mmでiPad の 13.4mm に近い。つまりは大きさ、重さともに「実践デバッグ技法」と同じだと思って良い。 posted at 14:25:30
- さて、iPad の特徴のひとつである iBooks (電子ブックビューア) と iBookstore だけど、これが iPhone / iPod touchでも使えるようになると良いな。 posted at 14:32:04
- 本を読むっていう体験に近いのは、もちろん iPad だろうけど、大型本のサイズを取り回すのは状況が限定されてしまうからね。通勤電車の中とかまず無理だし。 posted at 14:33:32
- Keynote で Jobs が epub も読めるって言っていたように思えたから、iPhone 用に買った O'Reilly の Ebooks も取り込めるかもね。PDF も iBooks で読めると良い。まあ、PDF ビューアはアプリで出てくるだろうけどね。 posted at 14:36:25
- Mobile Me に絡んだ話題がまったくなかったのが気になるな。iBooks のバックアップだとか、友人との共有だとか、サービスを用意しても良いだろうに。なんで、何も発表されないんだろう(・д・)? posted at 14:37:45
- 16G で $499、64G で $699 か (Wi-Fi モデル)。今のレートだと 45,000円と 63,000円 (by Google)。Apple Japan の値づけだからなあ。それぞれ 6万と8万ぐらいにされそうだな。 posted at 14:42:24
- なんにせよ、60日後が楽しみだわ。予約するから、さっさと Apple Store に並べてくれ (`・ω・´) posted at 14:43:04
2009-12-29
キリンヤガ ([著]マイク・レズニック, [訳]内田昌之, ハヤカワ文庫SF1272)
(帯より)
SF史上最多数の栄誉を受け、21世紀の古典の座を約束された、感動のオムニバス長編
少し古い(10年と少し前)作品だけど、久しぶりに大量に読んだ勢いにまかせて、これも一気読み。以下に各短編のタイトルを示す。プロローグとエピローグをあわせて 10 作品。
- プロローグ: もうしぶんのない朝を、ジャッカルとともに
- 1. キリンヤガ
- 2. 空にふれた少女
- 3. ブワナ
- 4. マナモウキ
- 5. ドライ・リバーの歌
- 6. ロートスと槍
- 7. ささやかな知識
- 8. 古き神々の死すとき
- エピローグ: ノドの地
雑感
買ってから10年以上放置しておいたものの言うことではないけれど、SF が好きで、かつまだ読んでいないなら、いますぐ買いに走った方が良い。さいわい Amazon でも在庫はある。10年前の出版物としては入手しやすいようだ。
ざっくり言えば、楽園を作ろうとした老人の挫折の物語。老人が求めた楽園とは何か。なぜ失敗するのか。そもそもこれは楽園だったのか。読み手にそういうことを考えさせる作品集。
作者自身がいちばんのお気に入りだと言う(作者あとがきより)「空にふれた少女」は、ティプトリーの「たったひとつの冴えたやりかた」と並べておきたくなる作品。こう書けば、「たった…」を知っているなら物語の筋がおおよそ見当がつくだろう。訳者が言う、だまされたと思って読んでみて欲しい、と。その価値は確かにある。ただ、単独で読むよりも「ささやかな知識」とあわせて、一対の物語として読んだ方が良い。
「空に…」も「ささやかな…」も良いけれど、わたし自身のベストを挙げるなら「マナモウキ」。楽園の崩壊を予兆させる内容なのに、コミカルな印象を持つ作品。神の代弁者として絶大な力を持つ賢者が、中年の主婦のわがままに振り回される姿は喜劇そのもの。作品集全体を通して重いトーンが続く中で、唯一笑みを浮かべられる部分だ。もっとも、物語自体はやはり重い。楽園が崩壊する理由をもっともストレートに表している作品だ。
エピローグとなる「ノドの地」はイマイチ。とくにクローニングにより復活させられたゾウは余計なガジェットだとしか思えない。
知識は呪
主人公、コリバを中心とした長老たちは、自分たちの民族にとっての楽園を建設するために厳しい規制を設ける。伝統という名で呼ぶそれに反する一切を拒絶する。伝統によってのみ楽園を成立させ維持することができると信じて。伝統により、(西欧的な観点からすれば)貧しく苦しい暮らしを保つ。伝統を守るため、けがや病気を癒す科学技術にも背を向ける。伝統の名の下に、生まれたばかりの健康な子どもを間引く。
伝統を保持するために鍵となるのが、楽園の住人たちを無垢な状態に保つこと。そして、無垢すなわち無知でもある。けがの痛みをやわらげ、病気を癒す薬の存在を知らなければ、苦痛に耐えるしかない。うまい食べ物を知らなければ、粗食にも耐えられる。きれいでやらわかな衣服に身を包んだことがなければ、着飾ろうと思うこともない。
コリバたち長老は、知識を限定することが善であり、住人たちを幸福にすると決めつけた。無制限の知識は、楽園を外の世界に同一化させてしまう呪いであると考えた。そして自らも限定的な知識による制約に縛られることを受け入れた。得るために、失うことを良しとした。すべては楽園を実現させるため。
しかし、選択権を与えられなかったものが現れる。楽園で生まれ、育った子どもたちだ。彼らは大人たちが幸福と引き換えにあきらめたものを知らなかった。それが、注意深く設計された楽園を変質させてしまうものだとは思いもよらなかった。だからこそ、知識のかけらを見つけたとき、そのまぶしさに魅了された。
(空にふれた少女; p.97)
「あなたはただの人間よ」カマリは疲れきった声でいった。「もう最悪の呪いをかけてしまったわ」
コリバの持つ知識の一端に触れた少女は、女であるという理由で、知識の伝授を拒絶され、考えることをも禁じられる。彼女は自ら死を選ぶ。他に生きる道があるとは思えなくなっていたから。暗闇の中で光を見つけたものは、ふたたびそれを失うことに耐えられない。
一方、コリバの後継者として育てられた少年は、与えられた知識によってコリバの行動が、楽園の伝統が欺瞞であると反発する。
(ささやかな知識; p.359)
それよりも、いったん知識を得たら、それが自由にあたえられたものであろうとなかろうと、心をもとにもどすことはできないんだと教えるほうがずっとわかりやすい。 (……中略……) おまけに、ぼくは自分の得た知識を返したくない。もっと多くのことを学んで、すでに知ったことは忘れないようにしたい。
彼は(コリバたちのつくった)楽園ではなく、外の世界を選ぶ。
知識は呪いだ。外から見れば、知らないことは不幸に見える。けれど知らない当人にとっては、知らないのだからそもそも比較のしようがない。嘘だと思うんならチャーリーに聞いてみると良い。
楽園という名の箱庭
主人公、コリバは楽園をつくろうとした。彼と彼の民族がもっとも幸せだった時代の暮らしを再現しようとした。西欧文明が持たらした豊かな生活と引き換えに失なったものを取り戻そうとした。高等教育を受け、西欧文明を形作るものを理解した上で、そのすべてに背を向けた。
コリバが目指したものが彼にとっての楽園であったことは間違いない。彼は楽園を手に入れ、その保全に力を尽くす。楽園を楽園たらしめている伝統を、その住人に強制することで。
けれど、この小世界は本当に楽園なのだろうか? 生まれたばかりの子どもを逆子だったからというだけで殺す世界は誰にとっての楽園なのか(「キリンヤガ」)。健康で、自らの仕事を十分に心得ていて働き続ける意思のあるものが、ただ年老いたというだけで隠居して無為に暮らさなければならない世界を楽園と呼べるのか(「ドライ・リバーの歌」)。
ここで描かれる世界は読み手の共感を呼ぶことはない。この世界はコリバという男の、(西欧)文明世界に疲れた老人の恣意的な箱庭にすぎない。だから、彼は外からの侵入者を(歓迎するふりをしながら)排斥する。住人からの(変化に対する)反発を武器にして。
(マナモウキ; p.222)
生まれてからずっとこういうところを夢見てきたの。せっかく実現したんだから、絶対にここを離れるつもりはないわ。そのためならなんでもするつもりよ
この世界を楽園と信じた侵入者は、世界と融和するために次から次へと譲歩を求められる。あれをするな、これをしろ、その考えは間違っている、と。侵入者は犠牲をはらうことに疲れ、楽園だったはずの世界を去る。
しかし、楽園にも終わりが来る。いや、この小さな世界は終わらない。終わるのはコリバのつくった箱庭としてのキリンヤガだ。住人たちがコリバと、彼の押し付ける伝統に疑問を持つようになるとき、楽園は終わり外の世界の一部にもどる。
神になろうとした老人
コリバが語る寓話の中で、彼の民族が信じる神が登場する。神の語る言葉が伝統であり、楽園としてのキリンヤガを形作る制約だ。しかし、それはコリバの言葉でもある。むしろ、彼の言葉でしかない。コリバは神を演じていたのだ。他の誰の言葉にも耳を貸さないわがままな神を。
しかし、コリバの民はその言葉に疑問を持つ。彼が演じる神(とその罰)よりも、外界から入ってくる文明のかけらを求める。もはやキリンヤガに神は必要ない。
エピローグとしての「ノドの地」では、ケニアに戻ったコリバの姿が描かれる。皮肉なことに、そこでのコリバの振る舞いは、彼が民族の伝統として定めた規則からまったく外れたもの。伝統は老いては子にしたがえと求める。キリンヤガでは、それに反する老人に厳しい罰を与える。その彼自身がケニアでは息子の諫めに耳を貸さない。そこにいるのは、ただ頑固なだけの老人だ。求めることだけ多く、求められることに応えようとしない愚か者だ。神になろうとして失敗し、失敗したことの意味を理解しようとしない男だ。
関連作品
「空にふれた少女」とあわせて読みたい、ってところかな(↓)。
早川書房 ( 1987-10 )
ISBN: 9784150107390
おすすめ度:
