2010-03-05

「オートなんとか」の罠

発明おじさんの言うことには、いろいろ考えさせられることが多い。

第40回 そもそもの台頭 | 増井俊之の「界面潮流」 | WIRED VISION

計算機の中にも不要なものが沢山残っています。たとえばワープロや図形エディタには「セーブ」機能がありますが、そもそも編集したものはセーブしたいに決まっていますから、そのような機能を特別に用意するのは変な話です。また、各種の検索システムには「検索」ボタンが用意されていますが、そもそも検索条件を指定したら検索したいに決まっていますから、検索ボタンなど押さなくても自動的に検索を実行しても良いはずです。

自動セーブやインクリメンタル検索を行なうシステムはまだ主流にはなっていませんが、将来はこれがあたりまえになるでしょう。

たいていの「オートなんとか」には賛成なのだけど、「やり直し」が効かなくなるような場面では問題になるかもしれない。今のコンピュータのほとんどはユーザの失敗に対して寛容さが足りない。失敗に備えて「やり直し」の機会を用意しておくことはユーザ自身の手に委ねられている。それでも「やり直し」はできる。実世界との大きな違いだ。「オートセーブ」は「無制限undo」とペアで実現しないと、ユーザ体験を著しく損うことになりかねない。少なくとも、今の(手動セーブの)コンピュータに慣れた人たちにとって。

「セーブ」という行為は実世界には存在しない。実体を持つモノに変化を加えたなら、それはその瞬間に世界の一部になる。取り返しはつかない。「あっ、今のナシ!」は、実世界ではただの愚痴にしかならない。「オートセーブ」は、この不自然な「セーブ」行為を不要にする。デジタルな仮想世界のモノを、アナログな実世界の物体に近付ける。一方で、デジタルな世界にだけ存在する「お手軽なやり直し」の手段を奪いかねない。

twitter より (2010-03-04)

  • こういうのってさあ、ハードのことよくわからんでもワクワクするじゃん? ソフトってこういうのないよねえ(´・ω・`)→ Now Browsing: IBM、プロセッサ間通信をさらに高速化する光通信機器を開発 ZDNet Japan - http://bit.ly/c6C9RY posted at 17:46:16
  • なんか新しいってだけしかわからなくて(ホントは新しいのかどうかもわからないんだけど)、実用性の有無なんか判断できないし、あったとしても一般に出回るかどうか定かでもないんだけど、それどもなんか目を引く。これって人によるのかな? posted at 17:48:34
  • そういう意味で、ソフトの世界って地味だね。 posted at 17:50:25
  • あるいは本質的に新しいことが出てこない状態が続いているとか。停滞しているとか。 posted at 17:51:31
  • この世界で10年って区切っちゃうと長いから、この5年でソフトウェア(っていうかプログラミング)に関わることで「新しいこと」って何があったんだろう? posted at 17:57:07
  • わたしはこの5年ぐらいはボケてたから、何も思い浮かばんわ (´・ω・`) posted at 17:59:01

2010-03-04

お手軽なやり直し

「undo」に関する考察の続き。

複製可能である

実世界にはない「お手軽なやり直し」がなぜデジタルな世界には存在するのか。作られた理由は前回見たとおり。難しさを緩和し、試行錯誤の手段を提供するためだ。では、それが可能であったのはどうしてか? 実世界にだって難しいことはあるし、試行錯誤ができればウレシイ場面も多い。でも、実世界に「お手軽なやり直し」は存在しない。行動や作業のやり直しは、何らかなのペナルティをともなう。何も失うことなくやり直せるのはデジタル世界の特性であるわけだ。

デジタル世界でやり直しが効くのは、複製を安価に作れることにある。それも完全な複製だ。ファイルをコピーすれば内容の寸分違わぬ実体をもう一つ手に入れられる。この「複製可能性」という特性こそが「お手軽なやり直し」の肝にある。

複製可能について深く考えると、「同じってどうゆうこと(・ω・)?」という問い(同一性問題)を無視することはできなくなるけど、今はちょっと棚上げにしておこう。

2010-03-02

twitter より (2010-03-01)

  • (; ゜Д゜) ナゼ、エクセル… → Now Browsing: エクセルで超絶アート・・・ - IDEA*IDEA ~ 百式管理人のライフハックブログ - http://bit.ly/902KwD posted at 13:15:05
  • ↓ の動画を見て、2つのことに感心した。ひとつは、絵を描ける人のスゴさ。もう、スゴいなんて言葉じゃ表現できないくらい。素直に感動する。 posted at 13:16:20
  • もうひとつは、動画のもつ説得力の強さ。完成品だけを見せられたとしたら「ふ〜ん」で通り過ぎたにちがいない。けど、作成過程を見せられたら、こちらも素直に感動するしかない。 posted at 13:18:18
  • 完成した作品とエクセルで描いたことを聞けば「なんでエクセルを選ぶんだ。道具の選択を間違ってる」と思うだろう。でも、描いている様を(動画で)見せつけられると、迫力の一言。「筆を選ばず」とはこういうことなのか、と。 posted at 13:21:43

2010-03-01

やり直し(undo)が必要なのは…

ふと、思った。どうして「undo」なんて機能が存在するのだろう、と。もちろん、undo が便利なことは良く知っている。エディタを始めとするデータ入力中心のアプリでは必須だと感じる。

けれど、行動の「やり直し」が効くことなんて、実世界ではまずありえない。役所やら何やらに提出する申請書なんかを手書きで作るとき、書き損じたら始めから書き直しするんじゃないか? 料理をしていて味付けに失敗したら(塩を入れ過ぎたとか)取り返しはつかないだろう。

「誰のためのデザイン」(p.56)
なんらかのエラーが起こりうる場面では、だれかがそのエラーを引き起こすだろう。 (…中略…) エラーは見つけ出しやすくなければならないし、その結果生じる損害は最小でなくてはならない。できれば元に戻せるようにすべきだろう。

手軽にやり直せるのはデジタルな世界だけだ。では、なぜデジタルな世界ではそんなものが必要とされたのか。実世界に存在するモノを写し取ったんじゃないとすれば、それはどこからやってきたのか。簡単な操作で直前の状態に戻せる「お手軽なやり直し」を作った先駆者たちは何を解決しようとしたのだろう。その答えは「難しさ」にあるようだ。